労働法、組合について

2005.12.11

「40歳までのキャリアプラン」に「結婚・出産」を入れるべきか。

ある広告代理店のエントリーシートで「入社して40歳までに、どのような人生の計画を考えますか?」という課題が課されています。これに関し女子学生から「結婚や出産といったことも書かなければいけないのでしょうか」という相談がありました。

この件について、知り合いの社会保険労務士の先生にヒアリングしたところ、以下のような意見をいただきました。

・この会社は社員のキャリア形成支援に力を入れている。新卒採用にこのような課題を課すのは、その人の価値観やどのようなプロフェッショナリズムを目指すのか、そのためにどんな心構えや計画を持っているかを知りたいのであろう。

・キャリア・プランは2年先くらいまでの近未来、5年先、10年先、ライフ・プランといったスパンで記述するのが一般的。近未来は自己の能力開発などの実行計画を、遠未来は昇進・昇格や結婚・出産などのライフ・イベントをも想定して書くもの。

・一般論でいえばこの設問は職業観や信条、キャリアゴールを問うものであるため、自分の考えを率直に記述すればよいと思われる。ただしこれは建前であって、結婚・出産に対する取り組みは企業や組織のカルチャーによって微妙に異なるのが現実。この会社の福利厚生の方針や施策の具体的な内容なども念頭に置いて記述することが勧められる。

この話からも分かるとおり、キャリアプランというのはプライベートも含めた自分の人生と密接なものだと言えるでしょう。自分の人生の多くの時間を費やす会社がどのようなキャリアプランを支援してくれるかは、会社を選択する、または勤務している側からすればとても重要なことです。

しかし学生のキャリアプランを「選考の材料」にするということはいかがなものでしょうか。

今、日本の抱える諸問題の根源は「少子高齢化」だといえます。子供を2人、3人と持ちながら仕事ができる環境を整えるのが日本の課題であり人気企業の務めです。会社に子供を作ることはできません。企業の社会的責任(CSR)の基本は今や社員の子育て支援にあると言えるのではないでしょうか。

とはいえ、女子学生にとってこの質問では「出産」をどう表現するかが最大の難関です。果たして2人まして3人子供を持つと、このエントリーシートに書くことができるでしょうか。1人が限界の社会では少子は進行するばかりです。また男子学生が「育児休暇をとる」と書けるでしょうか。

人生は自由であり、結婚も出産も計画的にはいきません。その時々に人生の転機があります。個人的な意見ですが、会社が「選考の材料」としてキャリアプランを書かせるのは、その企業が出産・育児に関して男女の区別なく全面的な支援の姿勢をもっている場合に限るべきだと考えます。出産・育児への対応について事前に学生へ十分な説明がなされない中でこのような設問があるとすれば、それは不適切なものだといわざるを得ません。

この会社で育児支援に関する事前説明があったかは分かりませんが、社会保険労務士の先生の指摘にあるとおりこの会社はキャリア形成支援に力を入れている企業であり信頼できると思われます。今回のケースに限っていえば堂々と自分の考えを書くことが大事であり、入社後にそれをきちんと履行してもらうようにしましょう。

しかし子育て支援の姿勢がない会社がこのような質問を出せば、当落を決める材料にする恐れがあります。上記社労士の指摘の通り、その会社の福利厚生の方針や具体的な内容をきちんと調べることが重要です。

※この課題に取り組むには、山本直人氏(元博報堂人事ディレクター)の「グッドキャリア キャリアがブランドになる時」が参考になると思います。ぜひご一読を。

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2005.09.02

立場の線引き。

組織における立場と役割は、誰がその立場に立とうと不変です。言い換えれば「組織では立場が先にあり、人は後から当てはまる」と言えます。人は着任している間にその立場での役割を遂行する存在にすぎません。

労働組合の役員は常に組合員の選挙で選ばれます。誰が役員になろうとそこでの立場に当てはまることには変わりはありません。当然その役員が現場で働いている間は一従業員である立場にも変わりありません(職場を離れて労組専従になる場合を除く)。

組合役員に着任した人は任期中は従業員代表の立場として経営幹部と交渉します。しかしそのことでその役員が職場で不利な状況に追い込まれることはありません。これはそもそも「不当労働行為」という違法行為ですが、それ以前に会社も組合役員自身も組合の立場と職場での立場をきちんと線引きしているものなのです。

話し合いや交渉をすることが敵対関係であれば、営業活動も親子関係も成立しません。一方で「交渉は仕事」という当たり前のビジネス感覚が、仲間内の人間関係を重視する日本人には欠けているのも事実でしょう。しかしそれでも待遇を維持発展させるためにも交渉は必要です。このため誰か代表に託して交渉してもらう労働組合という仕組みは極めて日本的なものとも言えるでしょう。

労働組合の要職(委員長、副委員長、書記長)の在任中に昇進させ労働組合から脱退させることは、労働組合の弱体化になるため法律で禁止されています。したがってその期間は昇進しないわけですが、それにもかかわらず組合役員は選挙で選ばれた代表者であることを自覚し、責任をもって任期をまっとうします。そして次世代にその立場を譲り、普通の社員に戻ります。

しかし、たとえ一時期でも従業員代表として会社と話し合い合意していく経験をすることは経営全体を俯瞰するいい機会でもあり、その経験を買われむしろ昇進が早くなることも少なくありません。これもまた日本的会社のあり方そのものと言えるのではないでしょうか。

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2005.08.29

あなたの立場、労働組合の立場。

会社にとって従業員は重要なステークホルダー(利害関係者)ですが、同時にモノやカネと同様、企業のリソース(資源)のひとつでもあります。ステークホルダーとリソースの違いは「立場があるかどうか」です。

労働組合はまさに「従業員の立場」を代表する団体です。一人一人はただリソースに過ぎなくても、集まることによって初めて「ステークホルダー」としての立場が顕在化できるのです。

今ではどこでもストライキによる賃金闘争はありません。その組合は代わり職場の身近な問題について交渉します。例えば移動費や残業代の未払いがあれば本人に代わって支払うことを求め、残業代が利益を圧迫するようであればそもそも残業しないですむように仕事のあり方(時短や有給取得の促進)を提案します。評価や異動はもっとも不満の現れることですが、労働組合があればそれらの改定に参画することも少なくありません。労働組合や従業員組織に相当するものがなければ、これらのような職場の問題が「自発的に」解決されることはありえません

あまり関係ない(と自分が思っている)相手や事象に対しては、その立場に思いを巡らせることもなく切り捨ててしまいがちです。しかし実はその相手の立場が自分の立場に直結していることも少なくありません。一番代表的な例が親と子の立場です。親の愛情のもとでも子は反発し、親を否定します。しかし自分が成長し社会とのかかわりを持つにつれ親の立場が理解出来るようになり、自らが人の親の立場になってはじめて自分が反発していた当時の親の気持ちを実感するのです。

みなさんはもうすぐ社会人です。みなさんにはもう「保護者」はいません。就職活動を通じ親の有り難みも分かり、親の立場は実は自分の立場そのものだったと気づいたかも知れません。これからは「血縁」でつながった家族から「立場」でつながった社会に飛び出します。労働組合は外ならぬみなさん自身の立場を代表するものであることを、ぜひ認識しておいて下さい。

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2005.08.27

労働組合は会社の「敵」なのか。

労働組合という組織は従業員代表という立場で会社と交渉します。このため「会社と労働組合はお互いを敵視しているのでは」と思っている人もいるようです。

そもそも「敵」という言葉はどういう意味なのでしょうか。大字泉で引いて見ると

1 戦い・競争・試合の相手。「大国を-に回して戦う」「-の意表をつく」「-をつくりやすい言動」味方。

2 害を与えるもの。あるものにとってよくないもの。「民衆の-」「社会の-」「ぜいたくは-だ」

3 比較の対象になる相手。「-のほうがもてる」「弁舌にかけては彼の-ではない」

4 遊里で、客と遊女とが互いに相手をさしていう語。相方。おてき。
「-もをかしき奴(やつ)にて」〈浮・一代男・二〉

5 (「的」とも書く。代名詞的に用いて)多少軽蔑して、第三者をさしていう語。やつ。やつら。
「-めもえらい痴呆(へげたれ)めぢゃ」〈滑・浮世風呂・前〉
(大字泉)

とあります。「敵視」という場合は、2の「害を与えるもの」という意味と考えられます。ということは、会社にとって労働組合は「害を与える」存在なのでしょうか。

株主が資本を、従業員が労働力を提供することで、会社は利益をあげていきます。当然配当や人件費を抑えれば会社に利益がたまりますので金銭的には一種の「利害関係」にあるといってもいいでしょう。しかし3者とも会社という組織体の継続性を共通の前提としています。したがってその利害関係は「話し合い」による建設的な解決が可能なのです。労使関係を「敵視」「敵対関係」とするのは全くの誤解であるとしか言いようがありません。

とは言え世の中きれい事だけでは済みません。確かに労組と会社がうまくいっていないところは存在します。「社長が労働組合を嫌っている」などと公言している場合もあるようです。

しかし明白なステークホルダーに対してそのようなことを公言すること自体、経営者失格であることは言うまでもありません。オーナー社長やワンマン社長にありがちなパターンですが、そもそも企業を取り巻くステークホルダーの存在自体を軽視している可能性も高いといえます。監査部門すら正常に稼働していないかもしれません。

本当の「敵」とは国内であれば裁判、国外であれば場合によっては戦争でしか解決しない関係のことを指すのです。軽々に相手のことを敵と呼ぶのは、敵を増やすだけにしかならないと心得るべきでしょう。

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2005.08.25

会社の立場、従業員の立場。

いきなりですが、「立場」とは何でしょう。大辞泉では

1 人の立つ場所。立っている所。
2 その人の置かれている地位や境遇。また、面目。「苦しい―に追い込まれる」「負けたら―がない」
3 その状況から生じる考え方。観点。立脚点。「医者の―からの発言」「賛成の―をとる」「第三者の―」

となっています。この定義を見ると、社会とはまさに「立場の集合体」と言えます。

働いている人には「社会人」という共通の立場があります。同時に「雇用されている」人にはさらに「従業員」、古臭い言い方で言えば「労働者」という立場に立っています。

従業員とは「会社の定めた就業規則と業務命令に従うことで対価を得る立場」であることを意味します。従業員の意見を聞くことは経営者の重要な施策ですが、個々の従業員と交渉することはありません。会社の経営判断は絶対であり、理不尽な決定や施策がされても、それに従いたくない従業員は辞表を出すしかありません。サービス残業に代表される違法行為も、(労基署の摘発など)表に出なければ従業員は泣き寝入りするだけです(いかなるみなし労働制度の会社でも、夜22時以降の残業代を出さないのは例外なく違法です)。

しかし従業員の方にも「会社に雇われているのだから仕方がないじゃないか」という人はいます。しかし本当に従業員が自分自身の立場を捨て、会社の立場だけを擁護したらどうなるでしょうか。

それは問題を助長するだけです。相手が柔順で交渉するつもりがないと分かれば、もっと自分の都合のよいようにするのは当然の道理です。結局はたまった不満が我慢できなくなったころに退職者が続出し、会社はその分を見越して大量の新卒を採用します。そして会社はそれまでの未払残業代という「隠れ債務」をこっそりチャラにするのです。「払ってください」と言われなければ払わないのはビジネスでは当然のことです。そのような「サイクル」で経営を回している会社は結構あります。

会社の立場を配慮するのはとても大事なことですが、自分の立場を捨ててしまうのは極めて危険なことであり、何の利益もないことだと覚えておいてください。

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2005.08.19

労働組合は常に従業員を代表するか。

労働組合が必ずしもその会社の従業員代表になるとは限りません。法律上自動的に労働組合が従業員代表となるには全社員の過半数を占める組織率が必要とされます(過半数組合)。例えば月20時間以上の残業を命じるときに必要な「36(さぶろく)協定」では過半数組合があるところはその代表者が会社と締結しますが、過半数組合がなければ全従業員が投票で従業員代表を選ぶ必要があります。

とはいえ労働組合自身の規約により管理職を組合加入資格から除外しているところがほとんどです。したがって非管理職(いわゆる平社員)の過半数が加盟していても、管理職の比率が高い会社では全社員の過半数に達しない組合も少なくありません。

ほとんどの会社で、会社内で組織されている労働組合を事実上の従業員代表と見なしています。それは組合員と非組合員で人事諸制度を分けて施行することは困難であり、労働組合と合意してはじめて従業員全体に適用することになるからです。また非管理職の過半数が加入していれば「現場社員の代表」には変わりありません。このため労働組合の組織率は「有資格者(組合が加入対象とみなしている職位にある社員)」を基準(有資格者組織率)に過半数を超えることを最低限の目標値とします。この数字が小さい労働組合の発言力は弱いことは言うまでもありません。

本blogサイトでは「労働組合=従業員代表」と書くことがありますが、上記のような前提であることを念頭に置いておいてください。

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2005.08.15

好きなだけ長く働けるか。好きなだけ多く残業代を稼げるか。

従業員の中には「仕事が面白いので働きたいだけ働きたい、いくら働いても飽きない」「クライアントが自分を信頼していつでも相談してくる。期待に応えたい」と思っている人もあるでしょう。しかしそれは労働基準法が許しません。従業員が好きなだけ働きたいと言っても、経営者がその従業員まかせにすることは許されません。

あなた自身が自分の好きなだけ働きたいのであれば、従業員の立場ではなく、自ら事業を興し経営者の立場になる必要があります。経営者に労働法の加護はありません。また、働いた時間に比例して収入が上がるという保証もありません。経営者に時給という概念はないのです。

法律どおりきちんと残業代が支払われることで36協定がずるずると運用されていくと、従業員も「残業代がもらえるならいくらでも働いてもいいだろう」という雰囲気になり、会社側も配置転換や人員増などの具体的な改善施策をせず目をつぶっていきます。そして長時間労働が度を越していき、健康悪化、メンタルヘルス問題、過労死、過労自殺などの原因になっていくのです。

労働組合はあくまで労働法に則った団体であり、特に長時間労働が問題とされる広告業界の労組はこの問題から目をそらす訳にはいきません。とはいえ組合員のすべてが労働法の精神、成り立ちを知っている訳ではなく、時間管理については労組内でよく議論が出てくるのも事実です。しかしこれは運送会社の従業員が「なぜ高速道路にスピード制限があるのか」「なぜ積荷には重量制限があるのか」と(会社や労組に)クレームを言っているようなものです。

健康と安全、そして法律は、決して利益と取引できません。従業員側も、自分の健康は自分自身だけのためではなく両親や家族のためにも大事であるという原点を、時々でも思い起こす必要があります。

もちろん、会社自身も。

(2004年09月16日に発表したものを再掲載)

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2005.08.12

残業時間上限の協定を超えても、残業代は支払わなければいけない。

言うまでもありませんが、ある月に定められた残業時間の上限の労使協定(36協定)を締結している会社で、結果としてその上限を超える残業量になった場合も、すでに仕事が提供されている以上会社は残業代を全額払わなければいけません。仮に全社の36協定で月間40時間(毎日平均2時間、17時半が終業時間なら平均19時半まで)を上限とし、ある従業員が結果的に月間60時間残業をした場合(20時間分の36協定違反)でも、会社はその時間相当の残業代を全額を支払う義務があります。

仕事を提供したことが分かっていて会社が対価を支払わないということは、自分で追加注文した料理分をただ食いすることと同じです。36協定超過分を払わないのは、オーダーストップ後に無理してつくってもらった料理を食い逃げするようなことです。

労働基準法はあくまで「働かせる立場(会社)を」規制する法律であり、働く側(従業員)を規制するものではありません。マネジメント者は、その残業相当がもっと効率的にできるのであればその社員に働き方の適切な指導や業務命令をしなければいけません。また明らかに業務量が過剰であれば適切な時間に収まるよう業務自体を減らさなければければいけません。

このような施策の結果として、業務効率を賞与(ボーナス)の査定に反映することは問題ありませんが、やってしまった残業代を支払うか支払わないかの判断をする権利は会社にはありません。多くの会社では適切な指導もなく、サービス残業(残業代の不払い)が横行しているようです。これには会社の無策以外にも社員側の無知と職場全体の風土によることも多く見られます。

残業代を会社が支払わない場合は従業員が労働基準監督署に申し出ることで「未払賃金」として会社に支払わせますが、労働組合があれば労働組合が代わりに会社に指摘することができます。会社も役所の命令を受けるのは恥ですので、組合の話を聞くはずです。

労組がある会社では、グチを言う前にまずは組合に入ることが重要です。

(2004年09月14日に発表したものを再掲載)

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2005.07.22

身元保証人の責任。

企業に雇用されるときには、「身元保証人」を求められることがほとんどです。この身元保証とはどのようなものでしょうか。

身元保証ニ関スル法律は、

第一条  引受、保証其ノ他名称ノ如何ヲ問ハズ期間ヲ定メズシテ被用者ノ行為ニ因リ使用者ノ受ケタル損害ヲ賠償スルコトヲ約スル身元保証契約ハ其ノ成立ノ日ヨリ三年間其ノ効力ヲ有ス但シ商工業見習者ノ身元保証契約ニ付テハ之ヲ五年トス

第二条  身元保証契約ノ期間ハ五年ヲ超ユルコトヲ得ズ若シ之ヨリ長キ期間ヲ定メタルトキハ其ノ期間ハ之ヲ五年ニ短縮ス
○2 身元保証契約ハ之ヲ更新スルコトヲ得但シ其ノ期間ハ更新ノ時ヨリ五年ヲ超ユルコトヲ得ズ


となっています。

分かりやすく言えば、名称にかかわらず、被用者(就職する人)がしたことで使用者(会社)が受けた損害を賠償することを約束する契約は、原則3年、最長5年でその保証期間を終えるということとなります。仮に会社が提示した契約書にそれ以上の期間が明示されているとしても無効な契約となります。

身元保証は損害を賠償する意味で重大な役割ですが、お願いする側としても期間が最大でも5年間であるということを覚えておくといよいでしょう。万が一あなたが6年後に横領で捕まっても、身元保証人に賠償請求が行くことはありません。

さらに気になるのは、もし身元保証期間内に退職したくなった場合に身元保証人に迷惑がかかるかということですが、民法(第八節雇傭)第六百二十七条が定めるように(期間の定めのない=原則として定年まで勤務する)雇用契約はいつでも解約でき、契約解除通知後2週間で契約が終了するとなっています。

いつでも解約できる契約というのは変な感じでしょうが、雇用は憲法第二十二条の職業選択の自由に基づく特殊な契約なのです。すなわち、普通に退職する分にはなんら損害賠償の対象にはなりません。会社に身元保証を求められても、そのことによって勤務し続けることを強制されることはないということです。

かといって身元保証は気軽にお願いできるものでもありません。きちんと礼を尽くし、社会人となる心構えをきちんとプレゼンし、快諾してもらってください。

身元保証については「法、納得!どっとこむ」に詳細がありますのでご参照ください。

(2004年06月05日発表のコラムを再録)

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2005.07.17

最低賃金法と制裁規定の制限。

7月15日、ある保険会社の社員が営業成績によって増減する給与制度で平均給与約21万9000円のところ成績により額面で11万5000円、手取り額が約2万2000円とされ、生存権を定めた憲法に違反するなどとして仮処分を東京地裁に申し立てたと報じられました。このニュースを見たとき、「最低賃金法」と「制裁規定の制限」のどちらにも抵触しているのではと、調べてみました。

最低賃金法とは

賃金の低廉な労働者について、事業若しくは職業の種類又は地域に応じ、賃金の最低額を保障することにより、労働条件の改善を図り、もつて、労働者の生活の安定、労働力の質的向上及び事業の公正な競争の確保に資するとともに、国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。

という法律です。

最低賃金は地域別に定められています。平成16年時点での最低賃金の平均は時給665円、最高時給は東京都の時給710円、最低は青森、沖縄他の606円となっています。雇用者はこの金額以上の待遇で賃金を支払わなければならず、違反した場合は1万円以下の罰金となります。

正社員雇用であれば一般的に少なくとも1日7時間勤務、月間実働20日として140時間労働となります。この場合東京都では99,400円、青森・沖縄でも84,840円が月給の最低ラインということになります(税・社会保険差し引き前の額面)。

また、賃金(各種手当や賞与を除く給料部分)をカットすること(減給)は「制裁」でしか行使できず、労働基準法第91条「制裁規定の制限」

第九十一条  就業規則で、労働者に対して減給の制裁を定める場合においては、その減給は、一回の額が平均賃金の一日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金の総額の十分の一を超えてはならない。

と定められています。

この保険会社の例で言うと最低賃金法はかろうじてクリアしているようですが、賃金を調べてみると2004年4月初任給実績によると大学卒で初任給21万2500円以上、30歳入社8年目の固定給月給が35万円となっており、この社員が同条件の正社員であれば明らかに労働基準法91条に違反していると見られます。

日本においては賃金(月給)と賞与の二段階になっているのが一般的であり、賞与はゼロベースでいくらでも変更できますが、賃金部分は労働基準法91条がある以上一時的な制裁という理由以外で切り下げることはまず不可能です。このようなことは労働組合があればすぐ指摘できることです。この会社には組合員数4,626人にもなる労働組合がありますが、制度を導入する上でどのような合意をしたのでしょうか。

しかし年俸制と呼ばれる制度では給与と賞与の境目がなく、カットする上で成果と制裁の区別がつきません。何がミニマムで何が加算部分がはっきりしていない成果主義は、恣意的で危険な運用をされる恐れもあるのです。

これから社会に出る学生の方も「会社が決めたことだから仕方がない」では都合よく使われるだけです。労働組合のあるなしにかかわらず、社会人として最低限の労働法の知識は持ち合わせておくべきでしょう。あなたが経営者になるときこそ、労働法の知識がないでは済まされないことになるのです。

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