雑談

2005.09.22

女性専用車への「理解」とは。

2005年7月25日から、東急東横線で「女性専用車」が導入されています。Wikipedia「女性専用車」を見ると関西・中部では以前から実施されているようですが、私が時々使う路線である東横線で導入されたことで、それがどういうものか初めて体験することができました。

帰宅時、横浜方面先頭車両に設けられた女性専用車両に思わず乗り込もうとした私は、はっと気づきその後ろの車両に乗りました。車両が混んでいたためどんどん中に押し込まれていきましたが、2両目と女性専用車両の間はドアもなく、私を含めた男性が「壁」となり、入り口に手をかけエビぞりになりながら空いている女性専用車両を守ります。痴漢防止が主眼と言われている女性専用車両ですが、そこには30年前には痴漢にあったかも知れない女性がゆったりと足を伸ばして座っています。

まあ、これはこれでよいとしましょう。しかし私には納得できないことがあります。

東急線に乗れば、何度も何度も「女性専用車両に、ご理解とご協力をお願いします」とアナウンスが流れます。私はこの「ご理解と」という言葉に毎回ひっかかりを覚えます。もちろん「協力」はしましょう。もとより女性専用車両に入る度胸はありません。しかし私はそれを「理解」しなければいけないのでしょうか。

理解するためには「理由」が必要です。しかし東急電鉄のニュースリリースを見ても、女性専用車両を導入する理由がまったく書いてありません。「女性を守るために、あなたは入らないでください」ということを、素直に理解する男性がいるのでしょうか。

「ご理解とご協力」、すなわち「理解した上で協力して欲しい」と言われても、同意できないことに協力はできません。そもそも「女性専用車両にご協力ください。」とだけ言えば済む話です。それは東急が決めたルールであり、理解しようがしまいが乗客としては守らなければなりません。

「ご理解とご協力」という言葉は、いわゆるオトナ語の部類に入るものであり、私自身もよく使っているかもしれません。しかしこのアナウンスの連呼を浴びせられると、理由もなく一方的に理解を求めるという行為は相手に不愉快な思いをさせているかも知れないと、電車を降りた後あらためて自省しました。

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2005.09.14

バリウムのすべて。

先日定期健康診断を受けてきました。

雇用者は従業員に年に一度健康診断を受けさせることが義務づけられています。年に一度でも体のチェックをすることは労働法の定めに関係なく極めて重要です。特に女性の場合、専業主婦が健康診断を受けようとしないように、自発的にはなかなか病院には行かないものです。強制的な健康診断の機会はむしろポジティブにとらえるべきでしょう。

一定の年齢になると入社前の健康診断とはメニューが変わり、「成人病健診」となります。ここで登場するのが「胃透視」、すなわち「バリウム」を飲んでの胃のレントゲン撮影です。学生の方も話には聞いたことがあるでしょうが、実際に体験した人はほぼ皆無でしょう。以下どのような手順で実施するかご紹介します。

(前日)21:00までには食事を終え、それ以降検査終了までは水以外は飲食しない。

(当日朝)
一通り他の検診が終わったら、胃の蠕動(ぜんどう)を押さえるための注射をする(これが結構痛い)。

しばらくしたらレントゲン室に入る。検査台が立っており、そこに背をつけて立つ。技師は室外からインターフォンで指示。

まず発泡剤を飲む。空腹の胃を膨らませるためのもので、以下検査終了までゲップ禁止

続いてバリウムを一口のむ。食道から胃に行っていることを技師が確認。バリウムはどろどろした白い液体だが、冷静に味わうとジャリジャリ感あり。ちょっと甘いイチゴ味?マックシェイクと思い込もうとしてもなかなかそうはいかない。

続いてバリウムを全部飲み干すように言われる。全部で150ml。徐々にでもよいが、ゲップを我慢しながら異物を飲むのはとにかく苦しい。一気に飲めばゲップが暴発しそう。明らかに酒をイッキするほうが楽。

飲み干すとコップを置いてティッシュで口を拭く。その後検査台が回転し、水平になる。ここから発泡剤で膨らんだ胃の壁にバリウムを「塗り付ける」作業に。

技師の指示で、検査台の上で自分自身が横にぐるりと一回転。状況によっては何度も繰り返す。胃の上部にバリウムを塗り付けるために、検査台の手摺りにつかまり、頭を下・足を上に。もちろんゲップは厳禁。

塗り付けた後は検査台の上で様々な角度から撮影。もちろん角度を調整するのは自分自身。当然ゲップは厳禁。

一通り検査が終わったら検査台が立ち、腹部を押さえながらの撮影。ゲップは解禁になるが、ロボットアームが腹を遠慮なく押さえ付ける。

検査終了。ここまで検査室に入ってからの所要時間10分ほど。

検査室を出ると看護師から下剤を渡される。検査当日中にバリウムの混じった白いウ●チを出す。出ないとバリウムが腸に残り便秘の恐れあり。

あとは普通に仕事場に。気持ち悪いが腹は減っているので食欲はある。とにかく食ってとにかく水分とって、とにかく「出す」。社内ならいいが、外出はちょっと不安。

バリウムの味や量などの性能(?)の進化は目覚ましいらしく、先輩に聞くと昔はもっと味気無いものをジョッキ一杯(!)ほど飲んでいたとか。幸せな時代に生まれたと考えるべきなのでしょうね。

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2005.08.21

牛丼のためのリスク論。

8月15日から8月19日までなか卯が牛丼を復活しました。アメリカ牛肉の在庫がまだあったようです。

これだけ長い間アメリカ産牛肉の輸入がストップしたにもかかわらず他国産牛肉で同じ味を作ることができないということは、国民食としての牛丼は本当にアメリカ牛肉の味なのでしょう。

2003年12月に米国で初めてBSEが発生し輸入停止となってからも、大手牛丼チェーンは在庫の米国産牛肉で営業を続け、牛丼メニューが終わったときには大きくマスコミでも報道されました。BSE問題は日米間の貿易問題と化していますが、極端な話今も輸入が許されていないということは在庫の牛肉にも当然リスクがあるということです。牛丼メニューがなくなったことを残念に思う客はみなそのリスクを受け入れていたと言えます。

人にとって「命は1つ」です。したがって「死ぬかもしれない事柄」が人にとってのリスクに他なりません

リスクは定量的かつ相対的に考えるべきものです。どのくらいの期間内にどのくらいの確率で死ぬかがリスクの量です。またAというリスクがBというリスクの100倍の確率だとすると、Aというリスクの前にはBというリスクは相対的に誤差程度のものであり、Bというリスクだけを回避しても意味がありません。

警察庁「平成16年中の交通事故発生状況」では平成16年年間の死傷者数は119万478人、重傷者数(30日以上の治療)は7万2,777人、死者数は7,358人となっています。平成16年の人口は1億2768万7千人です。(すこし大まかな部分もありますが)この年を基準に計算すると、1年間で交通事故で重傷者になる確率は0.057%、1754人に1人、死亡する確率は0.006%、17353人に1人です。これが定量化された「交通の短期リスク」です。

またこの数字で固定すれば、ある個人が20年間交通事故で重傷にならない確率は98.87%、逆に見れば20年間で1度は重傷者になる確率は0.57%、176人に1人は重傷になる計算になります。同様にある個人が10年間交通事故で死なない確率は0.06%、1,736人に1人は交通事故で死亡します。10年間のうちに遭遇する「交通の長期リスク」はこのような数字になります。

厚生労働省「変異型クロイツフェルト・ヤコブ(CJD)病に関するQ&A」では、BSEとは無関係の「孤発性CJD」は日本で「100万人に年間1人前後の率で発症」とされています。BSEに関係される「変異型CJD」は1996年に英国において初めてvCJDの患者が報告されて以降、BSE感染牛が多く発生したヨーロッパ諸国を中心に169例(平成17年2月8日現在)であり、そのうちイギリスが154例、フランスが9例となっています。ものすごい勢いでBSEが流行したイギリスでは百万人当り120人にvCJDが発生するという予想もあったようです。これをイギリス人口6,000万人に当てはめるとイギリスのvCJDによる死者が7,200人となります。しかし約10年前から現在に至るまで154例という実態をみると、乱暴な計算ですが10年間に存在したイギリス人人口が5%増ぐらいの6300万人だとするとするば、「あの」イギリスでの10年間の変異型CJDでの死亡率は0.000244%、約40万人に1名の死亡リスクだと仮定することができます。事実日本での症例・死亡例はまだありません。

仮に過去のアメリカ産牛肉が原因でイギリス級の死亡リスクのある変異型CJDが「日本で進行している」としても、今後10年間での死亡者は40万人に1名。一方交通事故による死亡率は10年で1,736人に1人。そのリスクは交通事故死亡の方がBSEが原因による死亡の230倍も大きいと考えられます。すなわちBSEを徹底的に回避する前に、自動車のある世界に住むことを放棄しなければいけません。社会が変わらない以上、外出しない以外に完全にこのリスクを回避することはできません。しかしひきこもっていては収入もなくいずれ餓死します(苦笑)。

このようにあるリスクが交通事故で死ぬリスクに比べてどれくらい少ないかという「対交通リスク比」は、この社会に住む上でリスクをどう捉えるかの基本指標になると考えています。

人は必ず死ぬ以上、死ぬリスクを回避することはできません。「生きていることはリスクを受け入れる」ことと言えるでしょう。タバコを吸っている人がこの代表なのかもしれません。しかしタバコをなくせというのは非喫煙者の私でも主張するつもりはありません。人生は自由に生きる権利があるからです。

もちろん人間は感情の動物ですから、急に全員がリスク比で客観的になることはありません。輸入再開しても家庭や今牛肉を扱っている外食産業では当面扱わないと思います。しかし、個人には自分の責任で食べたいものを食べる権利と、一定のリスクを明示すれば企業が自社製品を提供する権利もあります。もはやアメリカ産牛肉でしか味がでない牛丼チェーンのためだけにも輸入再開すべきです。でなければなか卯のキャンペーンを厚生労働省は中止させるべきだったのではないでしょうか。

消費者への説明責任を果たすために、「遺伝子組み換え大豆は使っていません」などと表示している豆腐のように、商品やメニューに「アメリカ産牛肉は使っていません」という表示をすれば十分なはずです。牛丼大好きの私はアメリカ産牛肉と分かっている牛丼を食べます。

なか卯の復活牛丼も3回食べましたが、何か?w

大広が2004年5月26日に発表したアメリカ産牛肉輸入停止 3ヶ月後の消費者意識調査でも「既婚男性の方で「食べても良い」とする回答が目立つ」とあります。当たってますね(笑)。

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2005.07.30

18歳でアルコールを飲んでなぜ悪い。

昨日、年に一度の大学ゼミ同窓会に参加しました。大学院に30名以上の研究生を抱える理系のゼミですので、みなさんのような普段接している学生とは違い、堅い雰囲気は拭えない感じもありました。

しかしいったんアルコールが入るとどの学生も打ち解け、社会人・学生入り交じり2次会まで盛り上がる盛況振りでした。やはり人との関係、特に祝事においてアルコールは確かに潤滑油になっています。

振り返れば私は大学に入った直後の新歓コンパからアルコールと付き合いがあります。はっきり言えば当時は18歳です。仲間との楽しい時間は常に居酒屋でした。大学に合格し高校を卒業した時も家族で初めてビールで乾杯したことを覚えています。

「法律的」合意をおいておくと、何を持って子供が自立するか、もしくは自立すべきかの「社会的」合意は(進学・就職を問わず)高校卒業が境目であることは異論がないのではと思っています。少年法しかり、事実上義務教育化している高校を出れば、甘えず責任を持てというのは社会的な要請とも言えます。

日本という国はガチガチの規制が横行していた(している)国であり、「役所の監督なく自由化するのは危険」という役所の論理が正論として支配していました。未成年の飲酒については「成長途中の青少年への悪影響」といった正論をかざされれば、「官高民底」の時代には国民は何も言えません。いかに若者のガタイがよくなったとしても。

しかし今や日本という国は労働力が減り、高齢化社会が進行しています。いかに自立し、国民としての責任感をもった若者を輩出していくかが課題であるです。大学の存在自体がモラトリアムという指摘もありますが、仮に勉強・研究する立場だとしても、社会人としての責任を入学時から植え付けておく必要があると考えます

現在の法律では飲酒は20歳以上です。それは法律で定まっている以上「現時点」でのルールには間違いありません。しかし高校卒業時点で選挙権なども含めたすべての権利を付与し、義務を果たさせる社会的効果を考えると、アルコールを18歳から解禁する理由はいくらでもあると思います。

昨今未成年のタレントが飲酒して暴れたという事件で、飲み会に誘ったアナウンサーが非難を浴びています。しかしアルコールのルールは決め事であり、アルコールを飲むこと自体は詐欺をそそのかしたなどの「反社会的行為」ではありません。今回の事件でもっとも問題なのはその少年が飲酒で「暴れた」ということであり、それは飲酒する上での「マナー」を逸脱した、文字通りの反社会行為といえます。

アルコールは高校・高専に在学中でない18歳からにする。同時に責任も自分で取らせる。これこそが現代の実態と社会的ニーズです。アルコール市場が2歳拡大するという広告会社的な興味もありますが、自分のことは棚にあげ法律論だけでアナウンサーをバッシングしている風潮には疑問を呈さざるを得ません。もちろん法律を改正してもさかのぼって適用することはできず、アナウンサーに責任がないとは決して言いませんが、今回の騒動でもう一方の現実的な規制緩和を検討すべき時期に入ったのではないかと思います。

それは経済効果と若者の社会的自覚の双方に大きな効果が出ると確信しています。

※研究室の学生の皆様、幹事ありがとうございました。おかげで1本ネタを拾わせていただきました(笑)

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2005.05.11

「不適切」。

JR西日本の脱線事故で様々なメディアが事故後のJR社員の懇親会・宴会・ゴルフなどを報じています。これらについてJR西日本側もメディアも共通に使っているのは「不適切」という言葉です。違法とは言えないが、不適切な行為だというものです。

「適切」と言う言葉は各辞書では「当てはまる、ふさわしい、ぴったりする」という意味で解説されています。しかし「不適切」という言葉はYahoo!の大字泉、大字林gooの三省堂国語辞典でも出てきません。

これを考察すると、そもそも「適切」と言う言葉自体があいまいな表現なのだと思われます。極論ですが「だいたいよい」ことを一語で表す言葉があるとして、その反対言葉の意味は、まったくよくないのか、はっきりよいのか、はたまたその間でだいたいよい(苦笑)のか、さっぱり分かりません。

「不適切な」という言葉が一躍有名になったのは、前米大統領ビル・クリントン氏が不倫・偽証問題の弾劾に答えた以下の文です。

I did have a relationship with Ms. Lewinsky that was not appropriate. In fact, it was wrong.
(私はルウィンスキーさんと適切でない関係を持ちました。実際それは間違ったことでした。)

この発表があった後、appropriateの反対語としてinappropriate relationship(不適切な関係)という言葉が流行しました。クリントン人気も背景に、「うまいこといって終わらせたな」というのが当時の世界的な印象だったのではないでしょうか(ちなみに英和辞書を引いてみると国語辞書同様「inappropriate」を「不適切」と訳しているところはないようです)。

社会人歴が長くなった私も、この「適切」「不適切」という言葉のあいまいさと便利さが分かるようになってしまいました。これらはやってる素振りや最終責任の回避に使う、典型的な「オトナ語」なのかもしれません。

しかし話を脱線事故に戻すと、追及しているマスコミまで「不適切」という言葉を使っていることには違和感を感じざるを得ません。このような取り返しのきかない大惨事になってしまった以上、何が違法で何が不適切かといった「オトナ語」の峻別は、JR西日本の経営者にとっても現場社員にとっても、マスコミにとっても無意味なことです。JR西日本の本当の再生のためにも、あいまいでない、徹底的な追及と検証が必要だと思っています。

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2005.03.28

ほのぼのレイクの、新「シュミレーション」。

simulationをカタカナで表記するとしたら「シミュレーション」が近いところですが、口頭でいうときには「シュミレーション」と発音する場合が多いようです。

最近放映されている消費者金融レイクのCMでは、社員役の浅香友紀が電車で「新春シャンソン歌手~」と早口言葉の練習をし、「シュミレーションができるようになりました。」と話しています。ナレーションも「新シュミレーション」と言っています。もともと「新フレッシュ計画」というコンセプトのキャンペーンであり、「シュ」という語感を全面に出したCMなのでしょう。

一方、グラフィック上では一般に使われている「シミュレーション」という表記になっています。ということはCMの台本ではあえて「シュミレーション」と読むように指示されていたに違いありません。

そもそも外来語の表記については、平成三年六月二十八日の内閣告示第二号が一つの「よりどころ(※同告示内の言葉)」になっています(「ガイドライン」でないところがいいですね(笑))。しかし告示内の用例集にすら

外来語や外国の地名・人名は,語形やその書き表し方の慣用が一つに定まらず,ゆれのあるものが多い。この用例集においても,ここに示した語形やその書き表し方は,一例であって,これ以外の書き方を否定するものではない。

とあります。文書主義である役所ですらこのような「表記」対応ですから、外来語の「発音」については何も拘束する根拠はないのかもしれません。

上記告示にも「simu」を「シュミ」と読む用例は示されていません。今回のレイクのCMは、仮に誤用と指摘されようと、生活者が実際に使いすんなり伝わる音を優先するという、辞書どおりの「確信犯」と言えるでしょう。個人的には、表記と発音を使い分けるのはコミュニケーション戦略上現実的であり、悪くない判断だと思います。

世の言語指導者の方々はどのような意見なのでしょうか。

※「フィーチャー(feature)」を「フューチャー(future?)」、「フリップ(flip)」を「フィリップ(philip?)」と発音するのは「誤用」ではなく「混同」というパターンです。こちらの方はちょっと恥ずかしい感じです。

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2004.09.07

災害の時、人はネットに集まる。

9月5日の関西方面の連続地震はかなりの大きさでした。津波警報まで発令されたこの地震、やはり人々特に関西在住の方は深夜にもかかわらずテレビの情報にくぎづけになりました。

しかし最近は知人の無事や現地の状況を確認するためにインターネットのチャットや掲示板に集まってくる傾向があるのではないでしょうか。

事実、某匿名掲示板はリアルタイムに盛り上がり、広告労協のカフェテリア(チャットルーム)には、関西に限らず地震直後に学生やOB/OGが集まってきて、互いの状況を確認していました。先日も、新潟県三条市の水害のときには、避難所にインターネットに接続されたPCが設置され、そこから無事を伝えてくれた03生がいました。

実際、有事の際に電話よりもインターネットの方がつながりやすいといわれます。もともとインターネットはアメリカで通信拠点が攻撃されても迂回できるための仕組みとしてスタートしています。

有事にまず想起された労協カフェテリア。OB/OG・現役問わず、コミュニティとして無くてはならない存在になったのかもしれません。

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2004.07.10

おじさんこそ、iPod。

Apple「iPod」は、携帯型音楽プレイヤーの形を根底から変えました。

メモリーカードを使った超小型MP3プレイヤーはたくさん発売されていますが、iPodはそのファッション性・機能性に加え、なんと言っても最大40ギガバイトという大容量ハードディスクに10000曲も入れることができるという点で、爆発的なヒットとなりました。

私が肌身離さず持ち歩き、日々電車でblogを書き上げている愛機「SHARP SL-C860」でもMP3を再生することはできます。しかしSDカード容量の限界があり、厳選した音楽だけを入れて楽しむ程度に限られていました。

そんな中、私の上司が「最近iPodを買って、(さだまさしや松山千春、オフコースなどの)70年代ニューミュージックを入れまくって聞いている」と、目をらんらんとして話していました。

普段のキャラクター(失礼)や「ニューミュージック」という今や全然ニューじゃない言葉とiPodのアンバランスがとてもおかしく、いろいろ話を聞いてみると、

TSUTAYAとかにいけば、もう一回聞いてみたい!と思う昔の曲が山ほどある。まさにTSUTAYAは「宝島」状態。しかもランダムシャッフルで通勤時に聞いているので次々と現れる曲に電車の中でも思わず体が反応してしまう。毎日聞いているがまだ流れていない曲が山ほど残ってる。買うなら迷わず一番容量の大きいものを買うべきだ。

と力説されていました。

この話を聞いて、なるほど「おじさんこそ、iPod。」と思いました。

私も含め「レコード」時代のコレクションはすでに死蔵し、いそがしい生活の中でなつかしい音楽を聞くチャンスはほとんどありません。しかしCDやMDの切り替えいった手間もなく、好きなだけずーっと流しっぱなしにすることができると気づけば、多くの中高年は音楽に目を向けるでしょう。「今からTSUTAYAに行って聞きたいだけアルバムを選んでください」といわれれば、若者よりむしろおじさんの方が手早く集めてくるのではないでしょうか。

日産フェアレディZは、かつてあこがれて今やっと手に届くようになった中高年にヒットしました。同様にiPodのような大容量と気軽さがあれば、多くの中高年は今こそ(金に糸目をつけず)なつかしい音楽をかたっぱしから購入・レンタルするようになるでしょう。そこにはヒップポップを聞きながら踊る若者とは全く違う、もしかしたら巨大なマーケットがあります。

私も迷わず最大スペック40ギガのiPodを購入。とりあえずは今はほとんど聞いていない手持ちの小田和正、松任谷由実、竹内まりや、RCサクセション、しゃ乱Q、ジュディ&マリー、Take6トライトーン、Queen、ワム!、ジョージ・マイケル、ボビーブラウンなど40アルバム500曲ぐらいを一気にぶち込み、電車内で「自分専用有線放送」として楽しんでいます。それでもまだまだまだまだ余裕があります。今週末は確実にTSUTAYA行きです。

ただ、なつかしい曲が思いがけないタイミングで出てくると、電車の中でblogを書く指が止まって困っています。

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2004.07.04

ウィンブルドンと携帯電話。

今年のウィンブルドン女子は、ロシア出身若干17歳のマリア・シャラポアが、あの女王セリーナ・ウィリアムズをストレートでやぶり優勝しました。

優勝の瞬間の後、シャラポアは観客席の父親のところに向かい抱き合うと共に、なんと携帯電話でロシアの母親に電話をかけようとしました。満員の観客にも笑いがこぼれていました。

携帯電話のシチュエーションとしてはなんと画期的なものか!と感動して注目していたのですが、結局通じなかったようで、優勝インタビューでも「母親に電話しようとしていたんだけど、通じないの。技術はどうなってるのかしら」とコメントしていたようです。あらら……。

サッカーの国際試合の会場だったと思いますが、ゴールポストそばに公衆電話がおかれているところがあると、以前ニュースで見たことがあります。ゴールを決めた選手がそこから家族に電話をするためというものでした。今や携帯電話があれば十分です。

世界的に注目されている瞬間にも携帯電話が登場。携帯電話の戦略やCMにも影響が出そうです。

そういえばノーベル化学賞の田中耕一氏も、受賞記者会見中に奥様からの携帯電話に出て笑いをとっていましたね。

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2004.06.26

試験会場で仲良くなる方法。

手前味噌で恐縮ですが、学生さんによると、採用試験会場でさりげなく

「とおりすがりさんのコラム読んでる?」

と聞くと、結構相手も知っていて盛り上がれるらしいです。

うれしいことですが、そのプレッシャーたるや。。。(苦笑)。

たまにはこれくらいの文量の小ネタでもご勘弁ください~。

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