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2005.08.21

牛丼のためのリスク論。

8月15日から8月19日までなか卯が牛丼を復活しました。アメリカ牛肉の在庫がまだあったようです。

これだけ長い間アメリカ産牛肉の輸入がストップしたにもかかわらず他国産牛肉で同じ味を作ることができないということは、国民食としての牛丼は本当にアメリカ牛肉の味なのでしょう。

2003年12月に米国で初めてBSEが発生し輸入停止となってからも、大手牛丼チェーンは在庫の米国産牛肉で営業を続け、牛丼メニューが終わったときには大きくマスコミでも報道されました。BSE問題は日米間の貿易問題と化していますが、極端な話今も輸入が許されていないということは在庫の牛肉にも当然リスクがあるということです。牛丼メニューがなくなったことを残念に思う客はみなそのリスクを受け入れていたと言えます。

人にとって「命は1つ」です。したがって「死ぬかもしれない事柄」が人にとってのリスクに他なりません

リスクは定量的かつ相対的に考えるべきものです。どのくらいの期間内にどのくらいの確率で死ぬかがリスクの量です。またAというリスクがBというリスクの100倍の確率だとすると、Aというリスクの前にはBというリスクは相対的に誤差程度のものであり、Bというリスクだけを回避しても意味がありません。

警察庁「平成16年中の交通事故発生状況」では平成16年年間の死傷者数は119万478人、重傷者数(30日以上の治療)は7万2,777人、死者数は7,358人となっています。平成16年の人口は1億2768万7千人です。(すこし大まかな部分もありますが)この年を基準に計算すると、1年間で交通事故で重傷者になる確率は0.057%、1754人に1人、死亡する確率は0.006%、17353人に1人です。これが定量化された「交通の短期リスク」です。

またこの数字で固定すれば、ある個人が20年間交通事故で重傷にならない確率は98.87%、逆に見れば20年間で1度は重傷者になる確率は0.57%、176人に1人は重傷になる計算になります。同様にある個人が10年間交通事故で死なない確率は0.06%、1,736人に1人は交通事故で死亡します。10年間のうちに遭遇する「交通の長期リスク」はこのような数字になります。

厚生労働省「変異型クロイツフェルト・ヤコブ(CJD)病に関するQ&A」では、BSEとは無関係の「孤発性CJD」は日本で「100万人に年間1人前後の率で発症」とされています。BSEに関係される「変異型CJD」は1996年に英国において初めてvCJDの患者が報告されて以降、BSE感染牛が多く発生したヨーロッパ諸国を中心に169例(平成17年2月8日現在)であり、そのうちイギリスが154例、フランスが9例となっています。ものすごい勢いでBSEが流行したイギリスでは百万人当り120人にvCJDが発生するという予想もあったようです。これをイギリス人口6,000万人に当てはめるとイギリスのvCJDによる死者が7,200人となります。しかし約10年前から現在に至るまで154例という実態をみると、乱暴な計算ですが10年間に存在したイギリス人人口が5%増ぐらいの6300万人だとするとするば、「あの」イギリスでの10年間の変異型CJDでの死亡率は0.000244%、約40万人に1名の死亡リスクだと仮定することができます。事実日本での症例・死亡例はまだありません。

仮に過去のアメリカ産牛肉が原因でイギリス級の死亡リスクのある変異型CJDが「日本で進行している」としても、今後10年間での死亡者は40万人に1名。一方交通事故による死亡率は10年で1,736人に1人。そのリスクは交通事故死亡の方がBSEが原因による死亡の230倍も大きいと考えられます。すなわちBSEを徹底的に回避する前に、自動車のある世界に住むことを放棄しなければいけません。社会が変わらない以上、外出しない以外に完全にこのリスクを回避することはできません。しかしひきこもっていては収入もなくいずれ餓死します(苦笑)。

このようにあるリスクが交通事故で死ぬリスクに比べてどれくらい少ないかという「対交通リスク比」は、この社会に住む上でリスクをどう捉えるかの基本指標になると考えています。

人は必ず死ぬ以上、死ぬリスクを回避することはできません。「生きていることはリスクを受け入れる」ことと言えるでしょう。タバコを吸っている人がこの代表なのかもしれません。しかしタバコをなくせというのは非喫煙者の私でも主張するつもりはありません。人生は自由に生きる権利があるからです。

もちろん人間は感情の動物ですから、急に全員がリスク比で客観的になることはありません。輸入再開しても家庭や今牛肉を扱っている外食産業では当面扱わないと思います。しかし、個人には自分の責任で食べたいものを食べる権利と、一定のリスクを明示すれば企業が自社製品を提供する権利もあります。もはやアメリカ産牛肉でしか味がでない牛丼チェーンのためだけにも輸入再開すべきです。でなければなか卯のキャンペーンを厚生労働省は中止させるべきだったのではないでしょうか。

消費者への説明責任を果たすために、「遺伝子組み換え大豆は使っていません」などと表示している豆腐のように、商品やメニューに「アメリカ産牛肉は使っていません」という表示をすれば十分なはずです。牛丼大好きの私はアメリカ産牛肉と分かっている牛丼を食べます。

なか卯の復活牛丼も3回食べましたが、何か?w

大広が2004年5月26日に発表したアメリカ産牛肉輸入停止 3ヶ月後の消費者意識調査でも「既婚男性の方で「食べても良い」とする回答が目立つ」とあります。当たってますね(笑)。

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コメント

現時点の日本社会では、車などイメージつくものに対しては、そのリスクも許容するのですが、
狂牛病のようなイメージもつかないようなファクターに対しては、「絶対安全」のゼロリスクが求められてしまうようです。

そこで、リスクを比較するだけでなく、ファクター内でのリスクとベネフィットを比較するもの一つの指標かと。
輸入牛での狂牛病の危険性(リスク)に対し、
牛丼チェーンの売り上げやら、ビジネスマンの支出削減等(ベネフィット)でも判断していただきたいものです。
(ちなみに、私のいきつけの牛丼チェーンは関東ローカルでしたので、
狂牛病騒動でも、牛丼休止とはなりませんでした)

投稿: さっくー05 | 2005.08.21 01:54

 これは同時に政治的課題でもあります。
 日本のメーカーは国際競争力があるけど、日本の農業にそれは全くないですから。
 やっぱり、9.11は投票に行かないとw

投稿: 挨拶専用85 | 2005.08.21 08:51

さっくーくん:

食い物・病気に関することは、金額的なベネフィット論では絶対に世論に訴えることはできません。金銭的な価値判断はまさに個人によるものですし、そのような価値判断を最初から否定する人がほとんどです。

そのような人たちに対しては、「この社会に(日本に)住むこと自体を否定できるかどうか」を問いかけること、すなわちリスクの2者選択を迫るしかないように思います。

投稿: とおりすがりの業界人 | 2005.08.21 10:54

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