一次独立。
今日は理系学生にしか分からないメッセージかもしれません。ご容赦ください。
数学用語で「一次独立」という言葉があります。これは変数同士がお互い独立した存在であるということです。
例えば、同じ人の身長と体重の関係は一次独立とはいえません。身長と体重は一般に正の相関関係がありますので、身長が高いのなら体重が重いのは当たり前のことといえます。「私は身長が高い、しかも体重も大きいのです。」というような話は論理的なようで、ただくどいだけの話になります。
自分が役に立つ人物であることを立証するのには、一次独立な軸をいかに多く発見するかが重要であると思います。人事評価でも多面的な評価軸(コンピテンシー)をもとにする時代であり、一つのディメンジョン(次元)だけでのアピールでは、人物像が立体的に見えないのです。一次独立な複数の軸で構成されたベクトルの大きさと方向性が、貢献できる人物であるかどうかの指標であると、私は思っています。
いろいろアピールしているようで軸が1つしかない人は、むしろあれこれ説明することは逆効果なのです。模擬面接で接した多くの学生が、このトラップに陥っていました。
あなたは一次独立な軸をいくつ持っていますか?
※このコラムに関連する形での一次独立の解説についてはこちらのHPが分かりやすいです。
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コメント
【血液型と性格の関係は、一次独立w】
このサイトから
【結論】 ▼医学的・心理学的に血液型と性格の間には関連がない。▼血液型性格関連説は、差別・偏見を生む大変な問題である。
そもそも、“「差別」とか「偏見」というのは、人間を人間としてみる目を失い、その属性で一括して判断するときに始まる(C:深代淳郎)”ものであることは言うまでもありません。
一般的に、この場合の属性とは「人種,信条,性別,社会的身分又は門地(憲法第14条)」を指しますが、その精神とは“人間は平等な機会をあたえられ、自由な空気を吸うことによって、一人一人が他と代替できぬすばらしい人間になれるという信頼(C:同上)”のことです。これは近代以降に人類が勝ちとってきた最大最高の価値(思想)の一つだと言えます。
実際には広告のマーケティング作業で、属性を利用することはあります。それは、そうする事によって企業のコミュニケーション活動の効果・効率を高めることができるからです。
ただし、それを表現に落とし込み、メディアに露出する際に、その属性によって個人の権利を侵害してはならない、ということなのです。
なぜ、某テレビ局の野球中継で選手の血液型が紹介されるのか? 新聞や雑誌などでタレントのプロフィールに血液型が表記されるのか?
これらはすべて日本赤十字の献血運動に協力しているのか?
広告会社のESに血液型の記入欄があったら、すぐとおりすがりの業界人に報告を!(爆)
血液型という、本人の意思や努力で変えられないものに関連して、「職場での採用・人事異動や、保育現場での利用、恋愛・結婚・人生の判断にまで利用」するのは「人間をよりよく理解しているのではなく、生まれつきの特性で他人を判断している行為」(冒頭のサイトの「最後に」)だということは覚えておくべきでしょう。
投稿 挨拶専用85 | 2004.03.27 01:09