« 足で蹴ってもよいバレーボール。 | トップページ | 釣書と社風。 »

2004.03.23

旅立ちの日に。~04生に贈る言葉~

3月14日フジテレビ系「EZ!TV」で、最近の卒業式では埼玉の高校で生まれた「旅立ちの日に」という曲が最も歌われていると報じていました。恥ずかしながら私は全くこの曲のことを知らず、しばらく見入ってしまいました。

受験や就職・結婚など、私個人の人生の転機はかつて何回か経験しました。しかし、さまざまな若者の転機に一斉にかかわり一斉に見送るということは、このボランティアに参加して初めて経験することでした。そして、残った自分自身の状況は変わらない。卒業式のクラス担任の気持ちとはこのようなものなのでしょうか。

圧倒的な実力を見せこちらの方が感嘆した、広告業界無敗のKくん。
面接が楽しくてしょうがないといっていたSくん。
飛行機で来るしかない大博打の就活で、見事第一志望を仕留めたEくん。
明るいキャラであっさりダブル内定を果たしたNくん。
兄に負けない強烈な個性で早々と内定を決めたKくん。
NくんKくんの兄貴分として、本人も見事第一志望に内定したNくん。
最強の模擬面接も、結構最後までハラハラさせたMさん。
周りの心配をよそに、最後までクリエイティブ志望を通して内定したKくん。
就職浪人のがけっぷちを周囲の励ましで切り抜け、貴重な内定ともう一つ大事なものまで得たIくん。
某社の最終前GDで「なぜか」落選し、涙しながらも巻き返して見事外資系に内定したYさん。
最終面接前のOB訪問会で一気に力を得、理系・院卒をはねのけ内定したYくん。
最終面接で採血されて落選し、くやしさをバネに外資系に内定したSくん。
最終面接の報告がなくハラハラしていたところ、2社で迷っていた結果の決断を報告してくれたKくん。
関西在住でなぜにそこまでと思うほど受け続け、私の地方びいきの原点となったSさん。
なぜ落ち続けたのかいまだに分からないほど、面接のうまいMくん。
PR業界に憧れ、関西から無数の往復を重ねてついに内定したMくん。
映像制作を本命として志望し、見事CM制作会社に2社も内定したMくん。
内定補欠という厳しい時期を耐え、無事内定したWさん。
繰り上がり内定だとしても、夢への一歩にはなんら変わることがないスタートを切ることができたGくん。
広告労協への参加は遅かったものの、制作会社に内定した後は関西イベントのほとんどに協力してくれたYくん。
関西就職塾で受けた厳しい指摘を自分なりに消化し、見事制作会社に内定したNくん。
私のコラムをお守りとして試験の場に持参し、代理店と制作会社の2社の内定で制作会社に進路を決めたNさん。
模擬面接で涙した経験をバネに、最終面接で歌を歌って制作会社に内定したSくん。
地方国立大学の不利さを、行動力で打ち勝ったIさん。
自分の就職活動の経験を後輩に役立ててもらおうと、日々HPを充実させているTくん。
音沙汰がなくなったと思ったら、静かに力をつけ秋採用で内定したHさん。
春採用の結果に満足せず、秋にさらに上位の会社に内定したYくん。
数々の落選で自分は向かないのではと思いつつ、最後には広告人を「演じ切って」内定を得たSくん。
そして、最後まで自分のやりたいことを追求しつづけ、土壇場でついにチャンスをもぎとったTくんとSさん。

まだまだ多くの04生たちが、それぞれ実力をつけ、発揮し、夢への切符を手にしました。

広告労協のボランティア活動が教師と違うところは、「送り出している」ようで実は「迎えている」ということです。04というゼッケンをつけた卒業生を、そのまま04というゼッケンをつけた新入社員として、私たち自身がこの業界に迎えいれるのです。

04生は「旅立ちの日に」で卒業した世代なのでしょう。私が04生の「社会人への旅立ちの日」に贈る言葉はただ一つ。

「ようこそ、広告業界へ。」

|

« 足で蹴ってもよいバレーボール。 | トップページ | 釣書と社風。 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/4124/337250

この記事へのトラックバック一覧です: 旅立ちの日に。~04生に贈る言葉~:

« 足で蹴ってもよいバレーボール。 | トップページ | 釣書と社風。 »